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「311支援 謝謝台湾」「日本人は永遠に台湾人の真心を忘れない」など、多くのプラカードが観客席から掲げられた。
■1.「この清々しさはなんだろう」
本年3月8日、東京ドームで行われたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第2ラウンド日本-台湾戦は、まれに見る名勝負だった。
メジャーリーグでも活躍した王健民投手が日本を6回まで無失点に抑える間に、台湾は3回、5回と1点ずつ入れた。8回表に日本が2点を入れて同点に追いつく。その裏、すぐさま台湾は1点追加したが、9回表に再び、日本がしぶとく同点に追いつく。
10回表、日本がヒットをつないで、1点リード。その裏の台湾の攻撃を零点に抑えて、ようやく1点差の勝利をものにした。両軍の激闘に、4万人超の観衆のウェーブが何度も起こった。
試合後、珍しい光景が見られた。台湾の選手たちがマウンドに集まり、観客席に向かって360度の円陣を作り、帽子をとって深々と一礼したのである。その姿に、観客席からも惜しみない拍手が送られた。その光景は、通常の試合中継では映されず、後日、フジテレビの「Mr.サンデー」で報道された。[1]
画像
その光景を見た人々から、ツイッターで次のような発信がなされた。[1]__________
・選手全員がマウンドで一礼する姿は、ほんと感動した。タイワンの人いい人すぎ泣いた。・私達日本人はその強さ、優しさに感謝と敬意を表明し見習いたいです。ありがとう(^_^)
・この清々しさはなんだろう。まだ敗者復活もありうる。決勝でまた戦えたら最高だよ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■2.「WBC日台戦で台湾への感謝のプラカードを」
「この清々しさ」の発端は、試合数日前に、「もののふ庵」さんから発信された次のようなツイートだった。
__________
WBC、日本は初戦が台湾に決定。この試合を見に行かれる方、先般の東日本大震災への台湾からの多大な支援へのお礼の横断幕やプラカードをお願いします。WBCを通じ、日本と台湾の信頼関係を深め、私達が本当に感謝している事を伝えて下さい。[1]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄台湾と日本は、過去大地震のたびに、互いに心の籠もった支援をしてきた。たとえば、1999(平成11)年の台湾大地震で3階建ての校舎が全壊した台中市の健民国民小学校には、阪神大震災で被災した兵庫県などから多額の募金が送られ、新しい校舎が建てられた。
東日本大震災では、その新校舎で学ぶ子供たちが「恩義を忘れない」という校長の呼びかけに応えて、お小遣いを持ち寄り、合計190万円が日本赤十字社に送られた。[a]
そうした子供たちの善意の寄付も含めて、台湾は世界最大級の200億円をこえる義援金、400トンもの支援物資、いち早くの救援隊を送ってくれたのだった。
「もののふ庵」さんの呼びかけは、ツイッター上で多くの人々の賛同を呼び、拡散されていった。
■3.「2年もたっているのに日本人がまだ覚えているなんて・・・」「もののふ庵」さんの呼びかけは、翌日には中国語に訳され、台湾でもツイッターで広がっていった。「これ見ただけで涙が出てきました」「台日友好! バンザイ!」などとの発信が続いた。[1]
「Mr.サンデー」で、インタビューされた青年は、携帯でその中国語訳のツイートを見せながら、こう語る。
__________
友達から送られてきたんだけどとても感動しました。2年もたっているのに日本人がまだ覚えているなんて・・・
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄台湾のニュースにもとりあげられ、「ネット上で台湾に感謝の気持ちを伝える横断幕を試合中に掲げようと呼びかけている日本人がいます」と報じられた。
さらにある日本のテレビの日程表で「台湾代表」と伝えられている事も、台湾メディアで報じられた。オリンピックなどの国際試合では中国の圧力で、「台湾」や「中華民国」という名称は使えず、「チャイニーズ・タイペイ」と呼ばれている。
「台湾」と呼ばれた事に関して、こんなツイートも発信された。
__________
日本だけが台湾を台湾と呼んでくれる。・・・台湾を尊重してくれる彼らに感動しました。私からも日本人にありがとうといいたい。私はあなた達を愛してます(ハート・マーク3つ)[3]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■4.台湾-韓国戦で吹き出した反韓感情
「もののふ庵」さんの呼びかけに触発されて、台湾でも真心の籠もった発言が続いた。
たとえば、「緊迫している釣魚島(日本名・尖閣諸島)事件など敵意を表すやり方は、日本に来て、この(試合の)時に行うには適しない」などと呼びかける人も出た。先のオリンピックで韓国サッカー選手が試合後、領土問題に関するプラカードを掲げたような愚劣な真似はしないように、という意味だろう。[2]
また、こんな発言もインターネットで流れ、さかんに拡散された。
__________
東京にWBC観戦に行かれる野球ファンのみなさまへ。台湾対日本戦であろうが、他の国との対戦であろうが、球場では過激な内容の横断幕やプラカードを掲げないでください。日本の方がツイッターで拡散されている内容(上記の投稿の中国語訳)をご覧ください、このような状況下で、我々が見苦しいメッセージを掲げれば、恥をかくのは我々です。[4]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄この発言の背景には、3月5日に台湾で行われた韓国-台湾戦で、嫌韓感情を露骨に示したプラカードが多数、掲げられた、という事実があった。北朝鮮の金日成、金正日、金正恩の3人の写真を並べて世襲独裁政権を皮肉ったり、韓国選手を戦車で踏みつぶす漫画を描いたり、という内容だった。[5]
■5.反発には反発が、好意には好意が返ってくる台湾の嫌韓感情も根強い。2010年に行われた広州アジア大会の女子テコンドー49キログラム級予選では、台湾のスター選手が勝利寸前に失格判定を受けるという不可解な判定をめぐって騒動に発展した。台湾の国会では韓流コンテンツの放送を規制する法案が提出され、市民らは韓国製品の不買運動を繰り広げて反韓感情をあらわにした。[6]
韓国は今までオリンピックやワールドカップなど多くの国際競技で、疑惑の判定で勝利したり、また相手国に対する非礼なプラカードなどで不興を買ってきた。平成14(2002)年に日韓共催で行われたサッカーワールドカップでも、韓国と対戦したイタリア、ポルトガル、スペインがいずれも不可解な判定で敗れ、世界中のマスコミから非難が集中した。[b]
台湾-韓国戦の後に行われた台湾チームの東京ドームへの壮行セレモニーでは、一人の台湾選手が、マウンドに台湾国旗を立てた。
これは2006年と2009年のWBCで、韓国チームが日本を破った直後にマウンドに韓国旗を立てた行為を皮肉ったものである。田中将大投手が激怒して引き抜くなどの一幕もあったが、韓国チームはその後、残りの試合を勝てなくなったという因縁がある。[7]
また、1次リーグで早々と敗退した韓国チームに対して、韓国マスコミからは、、「韓国の試合はすべてナイターで、寒かったから力が発揮できなかった」、「球場の練習設備が悪かった」、挙げ句の果てには、「台湾の料理が塩辛かった」と言い訳の声が上がった。普通の国なら、お世話になったホスト国に感謝すべき所なのに、これでは反韓感情に油を注いだだけだろう。
「韓国は多くの国から嫌われてるけど、その理由は結局韓国人自らが作り上げて来たんだよね」とは、ある台湾人のツイートである。[7]
台湾-韓国間の反発と、日台相互の友好ムードとを合わせ考えれば、二つの国民の間の感情は鏡のようなもので、反発には反発が、好意には好意が返ってくるのだろう。そして、互いへの好意や敬意の中でこそ、選手がプレーに集中し、観客もその奮闘ぶりに魅了されて、好試合が生まれるのではないか。
■6.「感謝 TAIWAN」のプラカードいよいよ8日の夜に行われたWBC日台戦は台湾の人口24百万人のうち、半数の12百万人がテレビや大会場、広場などでのパブリック・ビューイングで観たと言われる。
「もののふ庵」さんの呼びかけに応えて、後楽園ドームのスタンドから、次のような手書きのプラカードがあちこちに掲げられた。
「感謝 TAIWAN」「台湾謝謝」「311支援 謝謝台湾」
「2011.3.11 ありがとう台湾 日本人永遠不會忘台湾人的真心(日本人は永遠に台湾人の真心を忘れない)」・・・球場の大型スクリーンで、それらのプラカードが映し出されるたびに、試合中にもかかわらず、観客席から盛んな拍手が送られた。
この様子は、台湾のニュース・メディアが放送した内容を、以下のYOU TUBEで見ることができる。球場内外での日台の真心の交流が直に伝わる映像である。
中天新聞》「謝謝台灣」日本球迷場温馨舉牌
(「台湾ありがとう」日本の球場で温かいプラカード)
http://www.youtube.com/watch?v=r81ogO_-R3o画像
台湾選手たちは、インタビューでこう語っている。[1]「大型スクリーンで台湾への感謝のプレートが見えて、日本と台湾の距離は非常に近いと感じました」
「私たちを支えてくれて感謝してくれたのを見て、その気持ちは言葉では表せないです」
事前にツイッターで、「もののふ庵」さんの呼びかけを知っていたのだろう。観客席の台湾ファンからは、次のような返礼のプラカードが掲げられた。
「私達も日本を応援します!!! by 台湾」
「日本頑張れ 東北頑張れ」画像
こういうスタンドの盛り上がりが、選手たちの心に火をつけたのだろう。両軍の闘志溢れる名勝負が実現した。それが終わって、冒頭の円陣のお辞儀となったのである。
■7.謝監督の爽やかなコメント台湾チームの謝長亨監督は、試合後、こんなコメントを残した。
__________
選手は素晴らしいプレーをしてくれた。国際試合で日本の高いレベルに近づきたいと思っていた。尊敬する日本に勝つことこそできなかったが、重圧をかけられた。残念な結果だが、いつか勝つ日が来ることを願っている。反省から学びたい。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄スポーツマンらしい、かつ、対戦相手への敬意のこもった爽やかなコメントである。謝監督の風貌も温和ながらも風格があり、こういう人物ならでこそ、台湾チームの敢闘と円陣での一礼という礼節を引き出し、多くの日本人ファンも魅了したのだろう。
その謝監督は、日台ファンの友好ふりについて、インタビューで、「野球を通じてお互いの人々が結びついたことに本当に感動しました・・・」と語っている。[1]
台湾ファンからもこんなツィートが発信された。「台湾チームは良く頑張った。これからはずっと日本を応援しよう!そして、日本と台湾の友好が末永く永遠に続きますように…。」[7]
■8.「台湾隊、加油!(台湾チーム、頑張れ)」試合が終わった時には、日付が変わっていたが、日台の交流は、その後、球場外でも続いた。「日本おめでとう」とマジックで書き込んだ台湾国旗を掲げて歩く台湾人ファン。この光景には「台湾は民度が高い人が本当に多い。以前にも増して台湾が好きになった」とのツイートが寄せられた。さらに球場外で、日台の国旗を並べて、一緒に記念写真をとる両国ファンまであらわれた。
画像
翌9日に行われたキューバ対台湾の敗者復活戦では、多くの日本人ファンが台湾国旗や「台湾隊、加油!(台湾チーム、頑張れ)」などと書いたプラカードを持って、応援に駆けつけた。[7]10日朝、ホテルからチェックアウトする台湾選手たちの様子をある台湾紙は次のように伝えた。
__________
ロビーにはたくさんのファンが集まり、なんと日本人が一番多かった。日本のファンは台湾選手に応援と感謝の気持ちを伝え、サインや記念撮影をリクエスト。その姿はまるで台湾人ファンと同じように熱心で、選手たちは驚きつつも喜びであふれていた。[8]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ある外国との間で、これだけ多くの両国民の真心が通い合ったのは、我が国の戦後史においても希有な経験である。ただ、台湾のマスコミは、このニュースを新聞やテレビで大々的に伝えたのに対し、我が国のマスコミは、冒頭のフジテレビ「Mr.サンデー」を除いて、ほとんど黙殺した。それだけに日台友好の真実を伝えたフジテレビの義挙には敬意と謝意を表したい。
Source: blog.jog-net.jp
Photo reblogged from Untitled with 1,733 notes
Orion Shines Over Mustard Fields in India
Veteran astrophotographer Ajay Talwar of the photography group The World at Night captured this image of Orion from Uttarakhand, India, on Dec. 19, 2012.
Source: electricspacekoolaid
Quote reblogged from オレオレメモ〆(゚Д゚*) with 193 notes
修行僧にとって一番ツラいのは、極寒の中、滝に打たれることなんかではないそうです。
御堂の掃除。
チェックされることもなければ、めったに使う人もいないその御堂は、掃除しなくてもきれいで、サボったところでバレたりしません。
でも、ここを掃除するのが一番ツラい修行なんだそうです。
なぜか?
自分がやるか、やらないかという、自我との戦いだから。
Source: itokonnyaku
Quote reblogged from 言霊と革命を超えて with 38 notes
■1.「空前の葬式」
明治45(1912)年9月18日午後、明治天皇に殉死した乃木大将夫妻の棺を見送るべく、乃木邸から青山斎場までの沿道に数十万人の人々が立錐の余地なく立ち並んだ。明治・大正・昭和最大の言論人・徳富蘇峰は、これを「空前の葬式」と評した。
__________
しかりといえど記者が空前というは、知名の会葬者の多きがためにあらず、無名の参集者の多かりし事なり。・・・彼等の中にはいわゆる見物人もありしならん。されど乃木大将が平生平民の友たり、弱者の友たり、窮者の友たり、失望者の友たり。自ら処(お)る薄くして厚く公に奉じたる丹誠(赤誠の意)は、期せずして挙天下の人心に感応し、遂にかくの如き群衆を見いだしたりき。[1,p282]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄葬列の中には、乃木が院長を務めた学習院生徒がいた。当初は
生徒の葬列参加は予定されていなかったが、生徒たちの猛烈な抗議によって、これが実現した。[a]東京巣鴨の廃兵院でも、廃兵たちは会葬を強く希望した。日露戦争で手足をなくすなど不具となった元兵士たちを、乃木は月1、2回は訪れ、各部屋ごとに慰問して回っていた。いつも菓子や果物などの手土産を欠かさなかったが、時折、皇室から御下賜の品をいただくと、乃木は真っ先にここに届けた。
廃兵院では、歩行のできる者は葬列に加え、不自由な者は式場に先着せしめ、重患者のみ、やむを得ず院内に残した。
乃木の棺は砲車に乗せられ、そのそばには生前親しかった陸海軍軍人たちがつき従ったが、その葬列にはこれらの学習院生徒や体の不自由な廃兵たちも加わっていたのである。
■2.乃木はかくの如き人であった数十万の会葬者の中には、乃木の人柄に惹かれていた民衆も多かっただろう。乃木には多額の俸給があったが、生活を質素にして、その大半を戦死者遺族への弔問や、旧部下貧窮者の生活費、傷病者の医療費に充てていた。
ある時、人力車に乗ったら、その車夫が同じ長屋に住んでいる少年と母のことを話してくれた。父は旅順で戦死し、母は長患いで寝たきりで、少年は新聞配達などをして母の面倒を見ているという評判の孝行息子だという。
乃木はその日の夜、すぐにその少年の家を訪ねた。ちょうど借金取りの男が来ており、大声をあげて督促中だった。母はもう少し待ってくれるよう泣き声で懇願し、少年はおろおろしていた。乃木はその場で借金を払ってやった。畳に額をすりつけ、嬉し泣きをしながら礼を言う母子に、こう言った。
__________
いや礼を言われるに及ばん。あなたの病気をお見舞いし、松樹山に名誉の戦死をなされた本多上等兵の位牌に線香を上げ、また倅さ(せがれ)さんの心労を慰めんために参った。私は乃木希典じゃ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄そして「仏前に」と20円を母親に渡し、別に5円を「孝行しなさい」と言って少年に渡した。それから乃木は生ける者に言うがごとく、戦死した本多上等兵の功績を賞して仏壇に手を合わせた。親子は唯々涙にくれた。
また、ある時は私用で長野に行った際に、当地の人々に見つかってしまい、長野師範学校で講演をさせられる事になった。校長は講堂で全員に乃木を紹介し、その勲功をたたえた後、乃木に登壇を促した。
ところが、いかに勧められても乃木は演壇に登ろうとしない。校長が、ちょっとでもと懇願したので、やむなく乃木はその場に立ったまま「諸君、私は諸君の兄弟を多く殺した乃木であります」と一言いったまま頭を垂れた。やがて頬に涙が流れ、ついにハンカチをもって面をぬぐい、嗚咽した。
長野県出身の多くの兵士が乃木の部下として旅順と奉天で亡くなっている。師範学校に学ぶ生徒のなかには、兄を亡くした弟も多かったであろう。満場の生徒、教師もみな涙した。
乃木はかくの如き人であった。こうした乃木の人柄に直接、間接にふれた名もなき人々が自然に集まって、かつてない「空前の葬式」になったのも当然であろう。
■3.「やがて乃木の一命を捧げる時があろう」乃木は、機会ある毎に戦死者の墓を詣でては、その冥福を祈り、遺族を訪ねて慰めたが、常にこう語っていた。
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畢竟(ひっきょう)あなた方の師弟はこの乃木が殺したようなものである。腹を切っていいわけをせねばならぬのであるが、今は時機でない。やがて乃木の一命を捧げる時があろう。そのときはあなた方に対して乃木が大罪を謝する時である。[1,p272]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[b]で述べたように、日露戦争の勝利は、乃木軍の働きなくしては考えられなかったであるが、乃木はその戦功については何一つ語らず、多くの部下を亡くしたことだけを心苦しく思っていた。
明治天皇から「おまえは二人の子供を(JOG注: 日露戦争で)失って寂しいだろうから、その代り沢山の子供を授けよう」との温かいお言葉で、学習院長に任命され、後の昭和天皇を含む三人の皇孫殿下の養育を託された。
乃木は5年の間、この最後のご奉公に励んでいたのだが、天皇の崩御でその役目も一段落したと考えたのであろう。乃木にとっては、まさに待ちに待った「大罪を謝する時」を迎えたのである。
■4.「このことのために必ず死ぬから、その時は許してくれ」もう一つ、乃木が心中に秘めていた「大罪」があった。それより35年も前の西南戦争で、部下の過失により薩軍に連隊旗を奪われた事である。連隊旗は直接、明治天皇から下賜されたものであり、それを敵に奪われた事は武人として、これ以上の恥辱はなかった。
乃木は後に待罪書を提出したが、乃木軍の奮戦なくして官軍の勝利はなかったとして無罪とされ、逆に第一連隊長に昇進させられた。
しかし、お上のお情けにすがって罪を逃れることはできないと、乃木はある夜、ひそかに自決しようとした。乃木の親友、児玉源太郎はかねてこんな事があろうと、隣室で監視していて、乃木がまさに刃を腹に突き立てようとした瞬間、部屋に飛び込んで、乃木の右手を押さえた。
物音を聞きつけた西島助義中尉も駆け込んで、二人して乃木をおさえつけ、刀を取り上げた。児玉は、切腹しても軍旗紛失の責任は済まない、と乃木に説き、「過失(あやまち)を償うだけの働きをしてから死んでも遅くはあるまい、それが真の武士道だ」と説いた。
筋道を通した児玉の言葉は、一言一句、乃木の肺腑(はいふ)を衝(つ)いた。乃木は言った。「今は死なぬがしかし一度は死ぬ。このことのために必ず死ぬから、その時は許してくれ。」
児玉は「それは良い覚悟じゃ」として、「その時が来るまでは貴様の生命はおれが預かっておく」と答え、この事は西島と3人だけの秘密とした。
乃木と児玉はともに日露戦争を戦い、勝利をもたらした。そして児玉は日露戦争で生命を燃やし尽くしたように、戦争終結の翌年に亡くなっていた。乃木にとっては、生命を預けていた児玉がなくなり、「このこと(連隊旗紛失)のために必ず死ぬ」という覚悟を果たせる日が来ていたのである。
この一件は、30数年も三人の間で秘密とされていたが、児玉と乃木が亡くなった後に、西島陸軍中将が、「もはや秘すべきことにあらず」として、事情を打ち明けた次第である。
■5.みあとしたひて我は行くなりこうしてかねてから覚悟していた自決をようやく遂げた乃木であったが、明治天皇への殉死という形でそれを行った心境は、次の二首の辞世から窺える。
神あがりあがりましぬる大君のみあとはるかにをろが(拝)みまつる
うつし世を神去りましし大君のみあとしたひて我はゆくなり「みあと」という言葉が両首に共通して用いられている。乃木にとっての明治天皇は、君臣の別を超えて、その「みあと」を敬慕すべき御存在だった。
たとえば降将ステッセルとの会見では、明治天皇から「武士の名誉を保たしむべき」との聖旨を受けて、敵将軍が勲章をつけ帯剣することを許した。乃木の降将への仁愛と礼節にあふれた態度は、世界を感銘させた[b]。敵に対する思いやりは、武士道の説くところである。明治天皇は次のような御製を詠まれている。[c]
国のためあだ(仇)なす仇はくだくともいつくしむべき事な忘れそ
(忘れてはならない)この大御心に応ずるかのように、乃木は次の歌を詠んでいる。
射向(いむ)かひし敵(かたき)もけふは大君のめぐみの露に(うる)ほひにけり
民への思いも同様である。冒頭に紹介した乃木の廃兵たちへの思いやりは、まさに次の御製の心情と同じである。
いたでおひてたたれずなりしつはものをやしなふ道におこたるなゆめ
(戦傷を負って立てなくなった兵たちを養う道に怠るな、決して)明治天皇は若かりし頃、武士道の体現者と言うべき山岡鉄舟に鍛えられた[d]。武士道精神において、明治天皇と乃木の心は深い所でつながっていた、と言えよう。
その明治天皇が神去られた今、その「みあと」を慕って「我はゆくなり」と言ったのは、気負いも何もない、「さあ、お供させていただこう」というほどのごく自然な心持ちだったと思われる。
先立たれた明治天皇も、あの世でお会いしたら、苦笑しながら「仕方のない奴だ」とでも言われてお許し下されよう、と乃木は思っていたのかも知れない。
■6.外国人の感動英文の名著『武士道』を著して、欧米人に武士道精神を説いた新渡戸稲造[d]は、晩年の乃木とも親しく接した。新渡戸は乃木の殉死について、こう述べている。[1,p278}
__________
平生欽仰(きんぎょう、尊敬し敬慕すること)措(お)くなき乃木大将の見事なる最後は、私をしてさらに新たにこの『武士道』精神を味わしめるに充分であった。・・・しかるにここに外国人でありながら、日本人なる私よりも余計に深く感動し、大将の殉死を絶対に賛美している人物がいる。それは米国大使館の某陸軍少将であるが、ある夜彼は粛然たる態度で、
「尊敬すべき乃木大将の一生は、その始めより終わりまで日本軍人の亀鑑(きかん)とするに足るものである。否ひとり日本軍人の亀鑑とするのみにとどまらず、自分達外国人が取って以て模範とするに余りある」
と聞いたのであるが、しかもその相手となっていた人は日本人でなくして、純然たる米国の同胞中の一人であったのである。これをもって見るも、今回の大将の死があまねく世界の人々にまでいかに深く感動を与えたかを語るの証拠となるのではないか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「空前の葬式」と述べた徳富蘇峰も、外国人の会葬者について、こう語っている。
__________
記者の前に立ちし外国婦人の如きは、その目睫(まぶた)の赤くなるまで泣きたりき。彼女は何故に泣きたるか。人情あに東西に相違あらんや。[1,p283]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■7.「ほとんど自然の進退とするほかはない」
また「ロンドン・タイムズ」「ニューヨークタイムズ」その他欧米各国の新聞が乃木の殉死を大々的に報じたが、一般の欧米人が殉死という形式を理解しかねる様子を見て、アメリカ人記者スタンレー・ウォシュバンが一気に書き上げたのが、『乃木大将と日本人』であった。
ウォシュバンは「シカゴ・ニュース」の記者として、第3軍に従軍、乃木の謦咳に接して「ファーザー・ノギ」とまで慕った人物である。殉死という行為を疑問視する欧米人にウォシュバンは言う。
__________
乃木大将を知って、いささか将軍の理想を解し、先帝(明治天皇)に対する崇拝の赤心(まごころ)を解するものよりみれば、何ら怪しむべきことに非(あら)ず、ほとんど自然の進退とするほかはない。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄日露戦争中に、乃木の古武士らしき人格に触れ、かつ明治天皇への忠節ぶりを目のあたりにしていたウォシュバンには、乃木の天皇のみあとを慕って行く様は「自然の進退」としか見えなかったのである。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは、『葉隠』の一節である。良く死ぬためには、まず良く生きなければならない。連隊旗紛失と日露戦争で多大な死傷者を出したという二つの「大罪」に対して常に死を覚悟しながら生きてきた乃木の一生は、この言葉の真の意味を明らかにしているようだ。
そして殉死してから後の乃木は、ますます多くの人々の心の中に生き続け、武士としての生き方を示し続けたのである。
Source: blog.jog-net.jp
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DJは、今年正月には初詣の人でごった返す東京・明治神宮でもハンドスピーカーを握っていた。「みなさん、急がなくても神様は逃げません。急いでも御利益は変わりません」
Source: digital.asahi.com
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「311支援 謝謝台湾」「日本人は永遠に台湾人の真心を忘れない」など、多くのプラカードが観客席から掲げられた。
■1.「この清々しさはなんだろう」
本年3月8日、東京ドームで行われたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第2ラウンド日本-台湾戦は、まれに見る名勝負だった。
メジャーリーグでも活躍した王健民投手が日本を6回まで無失点に抑える間に、台湾は3回、5回と1点ずつ入れた。8回表に日本が2点を入れて同点に追いつく。その裏、すぐさま台湾は1点追加したが、9回表に再び、日本がしぶとく同点に追いつく。
10回表、日本がヒットをつないで、1点リード。その裏の台湾の攻撃を零点に抑えて、ようやく1点差の勝利をものにした。両軍の激闘に、4万人超の観衆のウェーブが何度も起こった。
試合後、珍しい光景が見られた。台湾の選手たちがマウンドに集まり、観客席に向かって360度の円陣を作り、帽子をとって深々と一礼したのである。その姿に、観客席からも惜しみない拍手が送られた。その光景は、通常の試合中継では映されず、後日、フジテレビの「Mr.サンデー」で報道された。[1]
画像
その光景を見た人々から、ツイッターで次のような発信がなされた。[1]__________
・選手全員がマウンドで一礼する姿は、ほんと感動した。タイワンの人いい人すぎ泣いた。・私達日本人はその強さ、優しさに感謝と敬意を表明し見習いたいです。ありがとう(^_^)
・この清々しさはなんだろう。まだ敗者復活もありうる。決勝でまた戦えたら最高だよ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■2.「WBC日台戦で台湾への感謝のプラカードを」
「この清々しさ」の発端は、試合数日前に、「もののふ庵」さんから発信された次のようなツイートだった。
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WBC、日本は初戦が台湾に決定。この試合を見に行かれる方、先般の東日本大震災への台湾からの多大な支援へのお礼の横断幕やプラカードをお願いします。WBCを通じ、日本と台湾の信頼関係を深め、私達が本当に感謝している事を伝えて下さい。[1]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄台湾と日本は、過去大地震のたびに、互いに心の籠もった支援をしてきた。たとえば、1999(平成11)年の台湾大地震で3階建ての校舎が全壊した台中市の健民国民小学校には、阪神大震災で被災した兵庫県などから多額の募金が送られ、新しい校舎が建てられた。
東日本大震災では、その新校舎で学ぶ子供たちが「恩義を忘れない」という校長の呼びかけに応えて、お小遣いを持ち寄り、合計190万円が日本赤十字社に送られた。[a]
そうした子供たちの善意の寄付も含めて、台湾は世界最大級の200億円をこえる義援金、400トンもの支援物資、いち早くの救援隊を送ってくれたのだった。
「もののふ庵」さんの呼びかけは、ツイッター上で多くの人々の賛同を呼び、拡散されていった。
■3.「2年もたっているのに日本人がまだ覚えているなんて・・・」「もののふ庵」さんの呼びかけは、翌日には中国語に訳され、台湾でもツイッターで広がっていった。「これ見ただけで涙が出てきました」「台日友好! バンザイ!」などとの発信が続いた。[1]
「Mr.サンデー」で、インタビューされた青年は、携帯でその中国語訳のツイートを見せながら、こう語る。
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友達から送られてきたんだけどとても感動しました。2年もたっているのに日本人がまだ覚えているなんて・・・
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄台湾のニュースにもとりあげられ、「ネット上で台湾に感謝の気持ちを伝える横断幕を試合中に掲げようと呼びかけている日本人がいます」と報じられた。
さらにある日本のテレビの日程表で「台湾代表」と伝えられている事も、台湾メディアで報じられた。オリンピックなどの国際試合では中国の圧力で、「台湾」や「中華民国」という名称は使えず、「チャイニーズ・タイペイ」と呼ばれている。
「台湾」と呼ばれた事に関して、こんなツイートも発信された。
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日本だけが台湾を台湾と呼んでくれる。・・・台湾を尊重してくれる彼らに感動しました。私からも日本人にありがとうといいたい。私はあなた達を愛してます(ハート・マーク3つ)[3]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■4.台湾-韓国戦で吹き出した反韓感情
「もののふ庵」さんの呼びかけに触発されて、台湾でも真心の籠もった発言が続いた。
たとえば、「緊迫している釣魚島(日本名・尖閣諸島)事件など敵意を表すやり方は、日本に来て、この(試合の)時に行うには適しない」などと呼びかける人も出た。先のオリンピックで韓国サッカー選手が試合後、領土問題に関するプラカードを掲げたような愚劣な真似はしないように、という意味だろう。[2]
また、こんな発言もインターネットで流れ、さかんに拡散された。
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東京にWBC観戦に行かれる野球ファンのみなさまへ。台湾対日本戦であろうが、他の国との対戦であろうが、球場では過激な内容の横断幕やプラカードを掲げないでください。日本の方がツイッターで拡散されている内容(上記の投稿の中国語訳)をご覧ください、このような状況下で、我々が見苦しいメッセージを掲げれば、恥をかくのは我々です。[4]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄この発言の背景には、3月5日に台湾で行われた韓国-台湾戦で、嫌韓感情を露骨に示したプラカードが多数、掲げられた、という事実があった。北朝鮮の金日成、金正日、金正恩の3人の写真を並べて世襲独裁政権を皮肉ったり、韓国選手を戦車で踏みつぶす漫画を描いたり、という内容だった。[5]
■5.反発には反発が、好意には好意が返ってくる台湾の嫌韓感情も根強い。2010年に行われた広州アジア大会の女子テコンドー49キログラム級予選では、台湾のスター選手が勝利寸前に失格判定を受けるという不可解な判定をめぐって騒動に発展した。台湾の国会では韓流コンテンツの放送を規制する法案が提出され、市民らは韓国製品の不買運動を繰り広げて反韓感情をあらわにした。[6]
韓国は今までオリンピックやワールドカップなど多くの国際競技で、疑惑の判定で勝利したり、また相手国に対する非礼なプラカードなどで不興を買ってきた。平成14(2002)年に日韓共催で行われたサッカーワールドカップでも、韓国と対戦したイタリア、ポルトガル、スペインがいずれも不可解な判定で敗れ、世界中のマスコミから非難が集中した。[b]
台湾-韓国戦の後に行われた台湾チームの東京ドームへの壮行セレモニーでは、一人の台湾選手が、マウンドに台湾国旗を立てた。
これは2006年と2009年のWBCで、韓国チームが日本を破った直後にマウンドに韓国旗を立てた行為を皮肉ったものである。田中将大投手が激怒して引き抜くなどの一幕もあったが、韓国チームはその後、残りの試合を勝てなくなったという因縁がある。[7]
また、1次リーグで早々と敗退した韓国チームに対して、韓国マスコミからは、、「韓国の試合はすべてナイターで、寒かったから力が発揮できなかった」、「球場の練習設備が悪かった」、挙げ句の果てには、「台湾の料理が塩辛かった」と言い訳の声が上がった。普通の国なら、お世話になったホスト国に感謝すべき所なのに、これでは反韓感情に油を注いだだけだろう。
「韓国は多くの国から嫌われてるけど、その理由は結局韓国人自らが作り上げて来たんだよね」とは、ある台湾人のツイートである。[7]
台湾-韓国間の反発と、日台相互の友好ムードとを合わせ考えれば、二つの国民の間の感情は鏡のようなもので、反発には反発が、好意には好意が返ってくるのだろう。そして、互いへの好意や敬意の中でこそ、選手がプレーに集中し、観客もその奮闘ぶりに魅了されて、好試合が生まれるのではないか。
■6.「感謝 TAIWAN」のプラカードいよいよ8日の夜に行われたWBC日台戦は台湾の人口24百万人のうち、半数の12百万人がテレビや大会場、広場などでのパブリック・ビューイングで観たと言われる。
「もののふ庵」さんの呼びかけに応えて、後楽園ドームのスタンドから、次のような手書きのプラカードがあちこちに掲げられた。
「感謝 TAIWAN」「台湾謝謝」「311支援 謝謝台湾」
「2011.3.11 ありがとう台湾 日本人永遠不會忘台湾人的真心(日本人は永遠に台湾人の真心を忘れない)」・・・球場の大型スクリーンで、それらのプラカードが映し出されるたびに、試合中にもかかわらず、観客席から盛んな拍手が送られた。
この様子は、台湾のニュース・メディアが放送した内容を、以下のYOU TUBEで見ることができる。球場内外での日台の真心の交流が直に伝わる映像である。
中天新聞》「謝謝台灣」日本球迷場温馨舉牌
(「台湾ありがとう」日本の球場で温かいプラカード)
http://www.youtube.com/watch?v=r81ogO_-R3o画像
台湾選手たちは、インタビューでこう語っている。[1]「大型スクリーンで台湾への感謝のプレートが見えて、日本と台湾の距離は非常に近いと感じました」
「私たちを支えてくれて感謝してくれたのを見て、その気持ちは言葉では表せないです」
事前にツイッターで、「もののふ庵」さんの呼びかけを知っていたのだろう。観客席の台湾ファンからは、次のような返礼のプラカードが掲げられた。
「私達も日本を応援します!!! by 台湾」
「日本頑張れ 東北頑張れ」画像
こういうスタンドの盛り上がりが、選手たちの心に火をつけたのだろう。両軍の闘志溢れる名勝負が実現した。それが終わって、冒頭の円陣のお辞儀となったのである。
■7.謝監督の爽やかなコメント台湾チームの謝長亨監督は、試合後、こんなコメントを残した。
__________
選手は素晴らしいプレーをしてくれた。国際試合で日本の高いレベルに近づきたいと思っていた。尊敬する日本に勝つことこそできなかったが、重圧をかけられた。残念な結果だが、いつか勝つ日が来ることを願っている。反省から学びたい。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄スポーツマンらしい、かつ、対戦相手への敬意のこもった爽やかなコメントである。謝監督の風貌も温和ながらも風格があり、こういう人物ならでこそ、台湾チームの敢闘と円陣での一礼という礼節を引き出し、多くの日本人ファンも魅了したのだろう。
その謝監督は、日台ファンの友好ふりについて、インタビューで、「野球を通じてお互いの人々が結びついたことに本当に感動しました・・・」と語っている。[1]
台湾ファンからもこんなツィートが発信された。「台湾チームは良く頑張った。これからはずっと日本を応援しよう!そして、日本と台湾の友好が末永く永遠に続きますように…。」[7]
■8.「台湾隊、加油!(台湾チーム、頑張れ)」試合が終わった時には、日付が変わっていたが、日台の交流は、その後、球場外でも続いた。「日本おめでとう」とマジックで書き込んだ台湾国旗を掲げて歩く台湾人ファン。この光景には「台湾は民度が高い人が本当に多い。以前にも増して台湾が好きになった」とのツイートが寄せられた。さらに球場外で、日台の国旗を並べて、一緒に記念写真をとる両国ファンまであらわれた。
画像
翌9日に行われたキューバ対台湾の敗者復活戦では、多くの日本人ファンが台湾国旗や「台湾隊、加油!(台湾チーム、頑張れ)」などと書いたプラカードを持って、応援に駆けつけた。[7]10日朝、ホテルからチェックアウトする台湾選手たちの様子をある台湾紙は次のように伝えた。
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ロビーにはたくさんのファンが集まり、なんと日本人が一番多かった。日本のファンは台湾選手に応援と感謝の気持ちを伝え、サインや記念撮影をリクエスト。その姿はまるで台湾人ファンと同じように熱心で、選手たちは驚きつつも喜びであふれていた。[8]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ある外国との間で、これだけ多くの両国民の真心が通い合ったのは、我が国の戦後史においても希有な経験である。ただ、台湾のマスコミは、このニュースを新聞やテレビで大々的に伝えたのに対し、我が国のマスコミは、冒頭のフジテレビ「Mr.サンデー」を除いて、ほとんど黙殺した。それだけに日台友好の真実を伝えたフジテレビの義挙には敬意と謝意を表したい。
Source: blog.jog-net.jp
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正式な表記は「宮」の「呂」の中間の線が入らない『明治神宫』
Source: bardiche-side-b
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マニュアルどおりにしかやって欲しくないのに「自分で考えろ」と言ったり、ミスを許す気が毛頭ないのに「色々やってみろ」と要求したり、ロボットのような奴隷が欲しいのに「個性が必要だ」とアピールするような建前・腹芸社会なのを最初に理解できないと、“真面目”な人間から真っ先に潰れていく。
Source: katoyuu
Quote reblogged from こんにゃくメモ with 838 notes
こうなることを予想されていた一人、川合俊一さん(日本ビーチバレー連盟会長で元バレーボール選手)の発言を紹介します。
9/25放送読売テレビ「あさパラ!」での発言です。「一番屈しちゃいけない国に屈しちゃった感じするね、今回。世界中とね、例えばさ、バレーの試合でもさ、たぶん他のスポーツでも世界と戦った人はみんな分かってると思うけど、アメリカとか韓国とかさ、いろんなとこに、試合してても、負けたらさ、そのあと、でも対等だったりするわけ。ま、負けても勝っても友だちよ。(スポーツマンシップ?と聞かれ)そうそう。中国って、もし、(日本が)試合負けるでしょ、そのあとみんなパーティとか行くと、もう昨日まで普通だった中国の選手が、もう『飲めよ飲めよ』と、もう上から来るわけ。もう嵩(かさ)にかかってくるの。あ、こいつらには絶対負けちゃいけない、負けたらこんな目に遭うんだ。試合でも、えっ?そんなインチキまで勝ちたいの?っていうぐらいのインチキしたりするんですよ。すごいこと。あのね、勝ってくると、たとえば1点取られてもいいから、こいつらに屈辱与えようみたいなね、そういうようなね、反則してまで点を取ってきたりするわけ。そこまでやっちゃいけないだろ。だから俺たちは、もうだいたい、中国には負けるの絶対だめだと。もうおっしゃるように、もう一回負けたらずっと負けますよって言われるから。負けちゃいけないって…」
「(中国政府が賠償と謝罪要求をしてきたことについて)返したから、良かった良かったとはならないもんね。こうやって、おまえらが悪いんだって、また嵩にかかって、また来るでしょ。今後、大変なことになるよ」
「(文化交流まで駄目にするのは、中国がいかに駄目な国なのかを表しているという話の流れで)それ世界発信しないと。中国人ていうのは何が一番嫌かというと、自分が何されると嫌かというと、自分の仲間が笑われるのが一番嫌なの。そうすると普通、日本人だったら庇うけれども、中国人は優勢な時は庇うけど、ちょっと劣勢になると、みんな引くから。だから今回もしかしたら、たとえばいろんな、こういう事例を出して世界に発信して、温家宝がとんでもないことを言ってるってね、怒るんじゃなくて、笑うの。『アッハッハ、温家宝が』って、一斉に笑うの。そうすると、中国人は一気に、『あ、温家宝って笑われてる』って思ったら、一気に引くから。そういう、別に、いい悪い別として、そういう国民だから」
この日は勝谷誠彦さんも出演されていて、熱く語っておられましたが、私は川合さんの話の方が印象に残りました。
川合さんは番組レギュラーで、普段どっちか言うとボケ担当でハイヒールにツッコミ入れられる立場なんですが(^_^;、さすがスポーツ選手として世界を回られていた方だけに、そのへんのタレントとは違って良く分かってらっしゃるなぁと思いました。
Source: ittm
Quote reblogged from こんにゃくメモ with 864 notes
三部作の中でも屈指の名シーンとして挙げられることも多いダンス・パーティーでマーティが即興で“ジョニー・B・グッド”を演奏するこのシーン。
僕も大好きなシーンなんですが、このシーンに関する“ベスト”と呼べる解説を見つけたのでご紹介。
教えて!HMV|HMV ONLINE オンラインショッピング・情報サイト バックトゥーザフューチャーで歌っていた曲は?
質問:「バックトゥーザフューチャー(1)」で主人公が学園祭の代役ボーカルとして歌った曲は誰の歌っている曲なのでしょうか?出来れば、英語のスペルでの歌手名・曲名を教えてください。カテゴリーが違うかもしれませんがよろしくお願いします。
皆さんがおっしゃっているように、チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」ですが、この曲はプレスリーとは別にロックンロールの原点になっている曲です。ですから、このシーンの途中でバンドの怪我をしたギタリストが本当のチャック・ベリーに電話で聴かせて上げるという場面が出てくるわけです。つまりこの映画ではロックンロールも30年間の時間のループを描いているということなのです。
すいません、私にもちょっと補足させて下さい(^^)。
この’85年作品で、主人公は30年前の’55年にタイムスリップします。
‘55年の町中のシーンでまず聞こえるのが、コーデッツ等でヒットした「ミスター・サンドマン」。つまりまだビートがない時代で、ロックンロール前夜だというのが、これで分かります。
有名な「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は、’54年に発売されましたが当時は売れず、この’55年の映画『暴力教室』に使われて大ヒットします。『暴力教室』は3月に公開され、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は7月にNo.1ヒットとなりましたが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の舞台である10月下旬から11月の段階では、アメリカの田舎町では、まだゆったりとしたポップスが人々にとっての主流だったということです。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」という曲が「ロックンロール」の始まりのように言われることが多いですが、実際にはそれまでに「ロック」という言葉が使われるレコードが幾つも出ております。ただしNo.1ヒットとなったこの年がひとつの節目になったことは確かで、そうした下地があったからこそ、マーティがキーだけを指示してイントロを弾き始めても、バンドはちょっとテンポの速いジャンプ・ブルースだと思って追従出来るということになる訳です。
ちなみにあのバンドは「MARVIN BERRY AND THE STARLIGHTERS」という役名だそうで、「ジョニー・B・グッド」の演奏中に、手を怪我したMarvinが従兄弟の「Chuck (Berry)」に電話するのは、masmasさんのご説明通りです。
またこの演奏シーンは、ボーンズ・ハウ(Bones Howe)という、フィフス・ディメンションやアソシエーションの仕事で有名なプロデューサーが、スーパーバイザーとして参加しています。イントロこそチャック・ベリーのスタイルですが、間奏からはサーフィンのテケテケとか、アンプの蹴り倒しとか、ライトハンド等まで取り入れ、あの3分間の中に30年のロック・ギターの歴史を凝縮させているのであります。
蛇足ですが、チャック・ベリーの音源には、オリジナルのCHESSレーベルのものと、再録のものがあります。当然、オリジナルCHESS録音がベストですので、CDを探す際にはその辺ご注意下さい。
ロック好きであればこのシーンが何を意味するかはすぐに理解できるとは思いますが、ここまで細かく考えられていたとは知りませんでした。確かに改めて見返すと、演奏後半でマーティが暴走を始めてからは“クロマティックラン→ウィンドミル→ライトハンド(タッピング)→背面弾き→アンプ倒し→早弾き”という形になってますね。これを“ロックの歴史”と言ってしまうのは少々偏っている気もしますがwまあ多分僕が所為“ギターテク”というものに何の思い入れもないからなんでしょうけれど。
いずれにせよ“ロックの発展”のプレゼンテーションとしては素晴らしく良く出来ているシーンだと思います。オチも含めて。
一部にはこのシーンを“ロックンロールの起源を奪う=白人による搾取”だという人もいるみたいですが、もし本当にそうならここで引用されるのはエルヴィス・プレスリーのはずです。でも引用されるのはチャック・ベリー。ここで“ロックンロールの起源”をチャック・ベリー(やそのほかの黒人ミュージシャン)に見出していることは明らかでしょう。
と同時に、ロックンロールは黒人のみによってつくられたカルチャーではなく、白人やそのほか様々なルーツを持った人々が携わることで発展していったカルチャーであるんですよね。それらをひっくるめてマーティがチャック・ベリーに(間接的に)手渡して、その中からコアな部分を抽出する形でオリジナルの“ジョニー・B・グッド”が生まれる。だからここで行われているのは“搾取”ではなく(白人と黒人、未来と過去の)“交配”と捉えるべきでしょう。それに関しても上の方がきっちり解説しています。
下(※上)の書き方だとちょっと誤解されるかもしれないので更に補足。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は白人ロカビリアンのビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツのナンバー。そして’55年の夏に、チャック・ベリーもCHESSレコードから「メイベリーン」というナンバーでデビューします。この曲は全米チャートでも5位まで上がるヒットとなります。
それからも
‘56年「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」(全米29位)
‘57年「ロックンロール・ミュージック」(全米8位)
「スクール・デイ」(全米3位)等のヒットがあり、
「ジョニー・B・グッド」が出たのは’58年(全米8位)です。
ただ、現在チャック・ベリーは偉大なロックン・ローラーとして、誰もが敬意を払いますが、ビートルズやローリング・ストーンズ等のビートグループが、彼へのリスペクトを前面に押し出すまでは、人種差別の問題等もあり、チャートにおける成功にもかかわらず、本国でもそれほど高い評価を得ているとは言えませんでした。彼の評価を高めたのは、次の世代のアーティスト達だったのです。
この「ジョニー・B・グッド」は、人種差別や偏見、そして自分に対する励ましを歌詞に込めた曲と言われます。運は自分でつかみに行けという、”Go Go”のリフレインに込められたメッセージは、ある意味ではロッカー達の讃歌となり、その後も数多くのロッカーに歌い継がれ、チャートのランクを超えたチャック・ベリーの代表作になっているのであります。
この時代(55年)はまだ公民権運動前で黒人差別が一般的だった時代です(公民権運動が全米に広がるのは56年から)。そんな中、チャック・ベリーは後の時代の“ロックンロールに目覚めた若者達”によって人種を超えた真の評価を勝ち得るわけです。そして彼(チャック・ベリー)の影響を受けたアーティスト達が新たな音楽を生み出していく。
“白人のティーンエイジャーであるマーティが(黒人の音楽である)ジョニー・B・グッドを演奏し、同じく白人のティーンエイジャー達を躍らせる”というのはこうしたロックンロールの歴史をなぞることでもあります。
自分自身の誕生だけでなく、自分が大好きな文化(音楽)の誕生に手を貸すことにもなり、それは同時にロックの歴史そのものでもあった、というのがこのシーンの肝でしょう。
また、この過去のパートは、マーティの父親であるジョージの視点から見ると“ルーザー(ジョージ)が外部(未来)からやってきたオラクル(マーティ)の助けを借りてジョックス(ビフ)を打ち倒しクィーン(ロレイン)をゲットする”という学園映画の典型的なプロットにもなってるんですよね。で、そのことが未来の自分や家族を救うことにもなる。
Source: kazukij
Quote reblogged from Untitled with 3,227 notes
水の不思議な話
1:分子量18の水は常温で液体。それより遥かに重い分子量44の二酸化炭素は常温で気体。
普通なら水は常温で気体のはずなのに、実際は液体。
2:水は色々なものを溶かすことができる。
これができないと、生命は発生できなかった。
3:沸点が異常に高い。
水素結合している物質の沸点は、普通零度以下。
4:熱が伝わり難い。
表面の殆どを海で覆われている地球は、おかげで気温が急変することなく保たれている。
5:表面張力が強い。
このおかげで、生物は血液を体の末端まで送ることが出来る。
6:固体(氷)が液体(水)の上に浮く。
普通、固体になると体積は減少するので固体は液体の中に沈むはずなのに、水だけは固体が浮く。
これがないと、当然流氷はないし、氷河期になれば海は凍りつき海の生物は全滅する。生物の発生以前に、水の性質がすでに神秘的
Source: newroussan
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東京都条例に反発して書くわけだけれど、
本当にババアどもはろくな事しないな、ということで
自分の立場からNo More ババアインパクトを語ってみる。
私は中学受験専門の塾講師なわけだが、つねづね感じていることは「ババアが余計なことしなければ
生徒の成績上げることなど本当に簡単だ」ということ。
小学生位の子供は目標与えると本当に素直だ。中学生以降は対象外。
成績が上がるまでの期間には若干幅があるが、
その間辛抱できるように励ましてやれば必ず伸びる。
そして、成長を実感して、努力と成功を結びつけることさえ出来れば
小学生の子供は誰に言われなくても自分で努力できるのだ。
だが、このシンプルな流れが高い確率で邪魔される。
その原因はババアである。
5年くらいやってるから確信を持っていうが、成績の悪い子どもの大半は9割くらい母親がクズだ。
まず「子どもに何かをやらせること」には必死だが
「自分がやるべき事」はなにもしない。
自分が子供に投げかける言葉と、自分の行動が全く一致していない。というか矛盾している。
塾講師として母親に要求したいのは1点だけだ。「子どもの勉強の邪魔をするな」ということだけ。
本当に良い母親は、勉強を支援することもできるが、そのレベルは正直期待してない。
とにかくプロである私らと子供の関係の邪魔をするな、と言っている。
本当に不思議なのだが、低学歴の母親ほど、自分が受験に成功した体験がないのに
あれこれ間違った知識を仕入れてきたりしては
(多分情報ソースの友達とかもレベル低いんだろう)
子供にあーやこーやと押し付けて、子供に失敗体験を山積みする。
私は子どもが好きなので、こういうババアどもを見ると本当に死ねばいいのに、と思う。
具体的に二点ほど上げておく。
●一つ目はコミュニケーションだ
成績上位の生徒のでは、食事中にバラエティ番組をみない。
これは半年に一回の面談で必ず親に確認してるから間違いない。
この時間にちゃんと会話をしてる。
テレビ批判かというとそういうわけじゃなく、
コミュニケーションを大事にしてるってことだ。
ただ構えばコミュニケーションになるわけじゃない。
重要なのはタイミングとメッセージだ。
まずはタイミングだが、良い母親は
子供の邪魔をしないことを前提に考えている、子供を優先して考えている。
だから、子どもの前で家族の会話よりバラエティ番組を優先するようなアホなことはしない。
そもそも自分が一日中のんきにバラエティ番組とかワイドショーとか見ながら
子供に勉強しろとか真顔でいえる神経を疑う。何かの分裂病なのではないかと思う。
こういうダブスタを子どもに見せるのは厳禁である。
大人同士ならお互いの事情を考慮してスルーしたりできるが子供はスルーできない。
こういう「うそつき」母親からは子供は必ず離れていく。
●もう一つは、成績についての姿勢だ。良い親は、成績を見て子供にどう接するかにおいて間違いを犯さない。
だから、親が何も言わなくても子供から親に話しかけるという良い関係を築いている。
一方ダメな親は、間違った対応をして子供を苦しめる。
うちの塾ではかならずテストをやる。
まず、これは生徒に対しては復習する大切さを学んでもらうため、
問題演習を通じて、学んだ知識をどう使うかを学んでもらうためにやってる。
だがもう一つ意味があって、「親が自分の勝手な判断基準で子供を評価するのを防ぐため」だ。
これは未だになぜか分からないのだが、
ほとんどの母親は子供のことが理解出来ていないと
それだけでネガティブ評価をつける傾向がある。
とにかく子どもが自分の目の届かぬところにいること自体が許せないのか、
子どもが自室にこもって真面目に勉強していても、
「どうせ隠れて漫画でも読んでるんだろう」とか
「どうせ勉強なんてしてないんだろう」と考えてしまうのだ。
何人の子供から「いくら努力しても親が認めてくれない」と聞かされたか。うんざりする。
そのくせ、1つ目の問題で述べたように、
子どもが目の見えるところにいると過干渉や間違った指導をしてしまうのだ。
とうぜん私の指導方針と違うため、よく「先生を取るのか、私を信じるのか」という類のことを
子供にいって、これまたよく悩んだ子どもが相談にきている。
「自分は先生の方がいいと思うけど、やっぱりお母さんの言うことだし・・・」みたいな
ことで悩んでる子供を見ると、塾やめさせたほうがいいのではと思うことさえある。
こういうバカ親を黙らせ、子供に自信をつけさせるためにもテストは重要なのだ。
競争主義とかふるい落としとかいってるバカ親もいるが、勘違いも甚だしい。
そもそも母親が子供をしっかり見守ってただしく評価し、応援してあげられるなら
受験なんてものも、塾なんてものも全く必要ないのだ。
テストは復習のため、ちゃんと復習したらいい点をとって自信を持ってもらうため、
努力が足りなかったらそれを反省できるため、そのためにやるのだ。
テストの点が悪いからといって子供をしかるような人間は
何のためにテストをやっているのか全く分かっていないのだ。
少し脱線したが、だからテストの点数を見て
子供を客観的に評価し、適切な励ましをしてやったりできる親の場合子供は努力する。
逆にテストの点数の見方を知らない親は子供に恐怖や苦痛を与える。
子供は怯えて勉強をし、常に緊張しながらテストに望むから良い点が取れない。
ほんとうに勘弁して欲しいと思う。
こういう違いが他にも私が認識しているだけで30個くらいある。
ダメな母親というのは、子供を勉強嫌いにし、それでいて勉強を強いることで、子どもを疲れさせる。
子供の勉強嫌いは大抵の場合、勉強を強いる母親が嫌いって場合が多い。
(逆に言えば、勉強が好きな子は、勉強自体が好きじゃなくて母親が好きだというケースも多くて問題なのだが)
どんなに子どもが優秀でもこれはムリダナと思ってしまう。
はっきりいって、親さえいなければこの子はもっとできるのに、と思う子がたくさんいる。
で、だ。性教育のことは知らないが、根本として同じような話があるのではないか。
今の母親というのは何もかもが間違っていることが多い。
そして、間違っていることを認識していないどころか、それを子どもに押し付けようとする。
今のババアどもは暇を持て余してろくに教育もうけていないくせにイランことばっかりしたがるが
本当に黙って子供の衣食住の世話をするだけが一番子供のためであると思う。
だから、本当なら行政は、何事においても母親がやろうとしていることの逆をすべきなのだ。
本当は子供をちゃんと見て、子供の為にどうすべきかを考えるのが良いが、そこまで考えが回らないなら
母親が「子供のため」に何かを訴えたなら、母親がそう言うならその逆をやろう、で大体うまくいく。
だから、都条例に関しては、ババアどもが賛成しているという一点を持って私は強く反対したいと思う。
最後にとあるフランス人の知り合いに教えてもらった言葉。10個あって男と女をそれぞれ賛美する内容なんだが男を賛美する側の方だけ取り上げておく。
(趣旨としては、女の人は自己実現能力が高いという内容)
私は多くの女の人は素晴らしいと思ってる。後半の5つの賛美が当てはまると思う。
ただしババア、てめえは別だ。この5つしか当てはまらない。
男は何をつくったかで測られる 女は何を消費したかで測られる
男は何を持っているかで測られる 女は何を捨てたかで測られる
男は自分がやったことで測られる 女は他人に何をさせたかで測られる
男は何に所属するかで測られる 女は何を服従させるかで測られる
男は何を残したかで測られる 女は何を変えたかで測られる
世の母親には子供を服従させて喜んでる暇があったら、自分で自己実現を目指してほしい。
Quote reblogged from losing control of myself with 1,768 notes
大学の先生の教え。GNN教と呼ばれていた。ありがたや。
1. 人間は弱くて、意気地がなくて、だらしがないものだということを認めましょう。
2. 人間能力には差があることを認めましょう。
3. 人間能力の良いところを伸ばしましょう。弱いところを矯正しようとしないように。
4. 人間に能力以上の無理をさせないように。プライドは絶対傷つけないように。
5. 同じことを繰り返しやっている場合には、努力によって能力の差を大きく縮めることができることを知りましょう。
6. 叱咤激励は害が多いのでやめましょう。その代わり、褒めましょう。結果が出るまで待ちましょう。だまされ上手になりましょう。
7. 人間は一人だけではハッピーになれません。皆でハッピーになるように努めましょう。
8. 絶対に落ちこぼれを作らないようにしましょう。最低の人を基準に人を評価しましょう。
9. 常に仕事や生活のやり方の改善をし続けましょう。余裕がなければ何もできません。
10. どうしても余裕がない時は、楽しくやせ我慢をしましょう。
11. 問題解決能力を少しづつ向上させましょう。
12. 何事にも、自分の運命は自分で決めましょう.そして、決めさせましょう。
13. すべての人はそれなりに、合理的であることを認めましょう。そして、相手の価値観を理解し、それなりに認めましょう。
14. 人間は私利私欲に走りたがるものであることを認めましょう。しかし、私利私欲に走ることは、結局私利私欲に結びつかないと知る賢さを持ちましょう。
15. 働・学・遊・美をミックスしましょう。
※GNN=義理人情浪花節です。
※ある程度は賢い人達の集団じゃないと通用しないと思われます・・
Source: ms-bird
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